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第3話/古代の「鳳至郡」
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■古代の「鳳至郡」・・・・1300年前にさかのぼる鳳至郡の地名
輪島市内を流れる鳳至川西岸に位置する鳳至町は、昔からの輪島の雰囲気を残す街並みである。この「鳳至」(ふげし)という地名は古く、古代にまで遡る。
今の北陸地方は、古代には越の国と言われたが、越前・越中・越後の3国に分けられたのは、7世紀後半の天武天皇(672〜686)の時代だったといわれる。鳳至郡が初めて行政区画として出てくるのは、701年(大宝元年)大宝令の施行であった。しかし、それは越前国の一部としてであって、能登国の鳳至郡としては、718年(養老2年)に、羽咋、能登、珠洲の3郡とともに越前国から分かれて、能登国がおかれた際にその一部とされたということが記録に残る。
↑鳳至町の街並み
↑鳳至町の街並み
↑鳳至町の街並み
↑住吉神社/能登半島地震で灯篭が倒壊